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【日本における健康概念の歴史】
医学専門用語としての「健康」;
日本では,「健康・医療戦略推進法」が施行され,国民が健康な生活,及び長寿を享受することのできる健康長寿社会形成へ向けた,先端的な科学技術を用いた医療,革新的な医薬品等を用いた医療,その他の世界最高水準の医療の提供による健康長寿社会への取り組みが始まりました.
健康長寿と言えば,貝原益軒の『養生訓(1713年)』が有名で,現代語訳では「健康」という語が多く使われていますが,実は原書には「健康」という言葉は全く見当たりません.北澤氏(健康の日本史 平凡社新書 2000年)によると「健康」という語は明治まで使われたことはなく,「増訂華英通語(1860)』の中で福沢諭吉は当初 health を「精神」と訳しました.当時の日本の時代背景などを想いますと,現代の「肉体的・精神的・社会的」な健康概念と合わせて,間違いでもなく大変感慨深いものです.
福沢諭吉は,「増訂華英通語身體類」 では,「Health」 を 「精神」 と翻譯していた.
医学的用語として「健康」という語を最も早く使い始めた人物は,18世紀後半の高野長英と緒方洪庵だったそうです.「強壮」,「壮健」,「康健」など類似の用語が使われながら経過する中で,体系的に意図をもって「健康」という語に定着させたのは緒方洪庵だったと結論しています.そして緒方洪庵の弟子であり,適塾の塾頭も務めた福沢諭吉らによって,明治2年から7年ごろに「健康」という語が広められ定着し,明治13年前後に頻繁に使われるようになったと報告されています.江戸時代には「丈夫」,「健やか」といわれ,「健康」という語は明治期に翻訳された語なのです.
福沢諭吉は,健康の大切さを説きましたが,「健康」という言葉の役割がこの時期の社会背景の変化に応じて変化し,国民の「体力」向上として「体操伝習所」が作られ,運動,体操の大衆化が始まりました.
剣術,槍術,柔術,馬術,弓術といった伝統的武術は,武士の間にはありましたが,農民,商人といった庶民にとっては,いまのような健康や運動の概念は,明治まではほとんどなかったそうです.
参考文献: 1) 北澤一利 健康の日本史 平凡社新書 2000
【 健康とはなにか?】
Health is
a state of complete physical, mental and social well-being and
not merely the absence of disease or infirmity.
Health is a dynamic state
of complete physical, mental, spiritual and
social well-being and
not merely the absence of disease or infirmity.
“well-being”は,健康healthではなく,人間のここちよい状態,満たされていると感じることのできる状態を示す概念であり,心身の「良好な状態」や「健やかさ」「幸福度」という言葉で翻訳されることが多い.言葉が意味するところ(定義)や 解釈は人や立場,文脈によって異なる.”well-being” の日本語訳については,慎重に検討する必要があります.
しかし,このような完全で一生を通じて健康である人はおそらく存在せず,また,WHOの定義が制定されて以降,世界の国々の人口構成の高齢化,また,感染症が中心であった疾病から,慢性疾患へと疾病構造が変化するにつれて,この健康の定義にもいろいろな異論があること,満足のいかない部分があることも事実です.
たとえば歯科医療の領域であれば,慢性疾患の代表として顎関節症があります.あごの痛みや違和感で受診された患者さまの顎関節には,関節の円板転位や骨の変形する変形性顎関節症を画像診断によって確認できます.病態が画像上,あるいは臨床上は,同じような病態であっても,うまく適応して生活している方もいれば,そうではなく,日々の日常生活に大変苦悩して当院を受診される方もおられます.関節円板の転位や変形した下顎頭は,治療によって完全にもとどうりになることはなく,体の適応変化によって修復されて行くことが多いのですが,こうした病態を慢性疾患として受け入れ,日常生活に工夫をし,うまく付き合ってゆくこと,自己管理 self-manage することにチャレンジする能力も予後に影響を与える大切なことになります.
そもそも,人体は加齢とともに変化し続け,やがて寿命という体の制限時刻はすべて人々に訪れ,その日を迎える日がやってきます.永遠の命や不老不死の薬はまだ見つかっていません.こうした人生の過程において,身体的・感情的・そして社会的な課題に直面した時に,日常や社会生活に大きな支障なく,うまく過ごす能力,こうした状態を受け入れることを ポジティヴヘルス という新しい健康概念として Machteld Huber 氏は提唱しています.(BMJ 2011 Jul 26; 343: d4163)
「健康とは,人生における社会的,身体的,感情的な課題に直面したとき,適応し,自らの方向性を見定めること(自己管理)ができる能力」
Health as the ability to adapt and to self-manage, in the face of social, physical and emotional challenges
Gezondheid is het vermogen van mensen zich aan te passen en eigen regie te voeren, in het licht van fysieke, emotionele en sociale uitdagingen van het leven
Huber M, Knottnerus A, et. al. How should we define health? BMJ 2011 Jul 26;343:d4163.
シャボットあかね オランダ発ポジティヴヘルス 地域包括ケアの未来を拓く 日本評論社 2018
ポジティヴ ヘルスの指標:
身体的機能 bodily functions
健康感 体調 症状と痛み 睡眠 耐久力 運動
メンタルウェルビーイング mental well-being
記憶力 集中力 コミュニケーション力 幸福感 自己受容 変家に対する適応 状況を管理している感覚
生きがい meaningfulness
意味のある生活 生きる意欲 理想達成意欲 信頼することができる 受容力 感謝の心 学び続ける
生活の質 quality of life
楽しめる 幸福感 のびのびできる バランス感 安心感 住居 生活を賄える経済力
社会参加 participation
社会的な接触 真剣にとらえてもらえる 一緒に楽しいことができる 支援を得られる 帰属感 意味のある活動 社会に対する関心
日常機能 daily functioning
自分の面倒をみられる 自分の限界を知る 健康についての知識 時間管理 金銭管理 働ける 支援を求めることができる
【 世界保健機関憲章前文(日本WHO協会仮訳)】
THE STATES Parties to this Constitution declare, in conformity with the Charter
of the United Nations, that the following principles are basic to the happiness,
harmonious relations and security of all peoples:
この憲章の当事国は、国際連合憲章に従い、次の諸原則が全ての人々の幸福と平和な関係と安全保障の基礎であることを宣言します。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not
merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。
The enjoyment of the highest attainable standard of health is one of the
fundamental rights of every human being without distinction of race, religion,
political belief, economic or social condition.
人種、宗教、政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく、最高水準の健康に恵まれることは、 あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつです。
The health of all peoples is fundamental to the attainment of peace and security
and is dependent upon the fullest co-operation of individuals and States.
世界中すべての人々が健康であることは、平和と安全を達成するための基礎であり、その成否は、個人と国家の 全面的な協力が得られるかどうかにかかっています。
The achievement of any States in the promotion and protection of health is of
value to all.
ひとつの国で健康の増進と保護を達成することができれば、その国のみならず世界全体にとっても有意義なことです。
Unequal development in different countries in the promotion of health and
control of disease, especially communicable disease, is a common danger.
健康増進や感染症対策の進み具合が国によって異なると、すべての国に共通して危険が及ぶことになります。
Healthy development of the child is of basic importance; the ability to live
harmoniously in a changing total environment is essential to such development.
子供の健やかな成長は、基本的に大切なことです。そして、変化の激しい種々の環境に順応しながら生きていける力を身につけることが、この成長のために不可欠です。
The extension to all peoples of the benefits of medical, psychological and
related knowledge is essential to the fullest attainment of health.
健康を完全に達成するためには、医学、心理学や関連する学問の恩恵をすべての人々に広げることが不可欠です。
Informed opinion and active co-operation on the part of the public are of the
utmost importance in the improvement of the health of the people.
一般の市民が確かな見解をもって積極的に協力することは、人々の健康を向上させていくうえで最も重要なことです。
Governments have a responsibility for the health of their peoples which can be
fulfilled only by the provision of adequate health and social measures.
各国政府には自国民の健康に対する責任があり、その責任を果たすためには、十分な健康対策と社会的施策を行わなければなりません。
ACCEPTING THESE PRINCIPLES, and for the purpose of co-operation among themselves
and with others to promote and protect the health of all peoples, the
Contracting Parties agree to the present Constitution and hereby establish the
World Health Organization as a specialized agency within the terms of Article 57
of the Charter of the United Nations.
これらの原則を受け入れ、すべての人々の健康を増進し保護するため互いに他の国々と協力する目的で、締約国はこの憲章に同意し、国際連合憲章第57条の条項の範囲内の専門機関として、ここに世界保健機関を設立します。