― 社会問題としての歯科矯正の研究

 

出典:1. 社会問題とは何か Joel Best: Social Ploblems, 3rd edition 赤川学 監訳 筑摩選書 2020
         2. 社会問題の社会学 赤川学 弘文堂 現代社会学ライブラリー9 初版第二刷 202
         3. 統計という名のウソ: 数字の正体,デ-タのたくらみ
         4. あやしい統計フィールドガイド: ニュースのウソの見抜き方
         コメント: いずれも同じ著者.大変読みやすい本であるが,2で1をわかりやすく説明している.まず2を読んだ後で1をお勧めする.

目次:

社会問題とは何か

定義(社会問題の要件)

@ 客観主義的な見方

A 主観的な見方

B 社会的構築

 

機能主義

ラベリング理論

構築主義

 

資源

レトリック

フィードバック 

 

社会問題のプロセス

 

クレイムの申し立て

意見書

請願

 

メディア報道

情報

医療化

 

国民の反応

 

政策形成

法令

 

社会問題ネットワーク

 

政策の影響

 

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社会問題とは何か

 

定義(社会問題の要件)

 

@ 客観主義的な見方

ある社会問題とは,ある社会を構成する人びとの一部または全員の幸福をむしばむ状態であるとともに,通常,公共的論争となる様な問題のこと(Macionis, 2013)

問題点:

1. 有害と思われる状態が必ずしも社会問題と認識されない

2. 同じ状態がまったく異なる理由によって社会問題として認識される

3. 非常に様々な現象が含まれ,この定義が曖昧となり,社会問題を区別できない

※ 重要なのは,ある状態が害悪を引き起こすのではなく,人びとがある状態を害悪だと考えていること.

 

A 主観的な見方

あることが問題であるか否かという人々の主観的な認識の観点から,社会問題を定義づける.社会問題とは,「推定された状態について苦情を述べ,クレイムを申し立てる個人やグループの活動(Spector & Kitsuse, 1977)である」と定義し,クレイムに焦点を当てる.

ある社会では,人びとはこの社会構造が正常で自然なものであると考えているが,別の社会では,こうした構造が間違ったものであると考える人がいる.例えば,女性差別では,以前はそれが当たり前であったが,現在では多くのアメリカ人は男性と女性に対して異なる扱いをする社会構造は問題であると考えるようになったように,人びとの考えは変化し,以前は社会問題であるとは考えれらていなかった問題が,社会問題と考えられるようになった.

ある社会の外部にいる人にとっては,ある社会の内部にいる人の見解とは異なることもある.西洋ではペットとして犬を家族と同様に大切にするが,ある国では食用とする.日本では古来より鯨を食していたが,そうでない地域の人びとはこれらを社会問題として捉える.

歯科矯正はどうか.かつてわが国では乱杭歯は「カワイイ」の代名詞であった.現代では,学校歯科健診後においても,経済的理由から歯列矯正が受けられないないことから不登校になる児童生徒やいじめが報告されている.人びとの考えは変化し,以前は社会問題と考えられなかったものも変化してゆく.

社会問題としての歯科矯正の研究では,国民がいかにして,子どもの歯科矯正への保険適用の拡大を,社会問題と考えるに至ったかについて問うことが必要である.

いかにして,「歯科矯正の必要性」が現代社会に現れ,社会問題として広まっていったのかについて検討する.

 

B 社会的構築

 

機能主義: 社会の大多数の人びとが好ましくないと思う状態だけを,社会学者が研究課題として扱うとすると,実際には人びとが支持を宣言している価値に合致しないにもかかわらず,人びとが問題としないで受け入れている状態に関するさまざまな研究を排除することになる.社会問題の要件を「大多数の人びとが好ましくないと思う状態」に限定してしまうと,大多数の人びとが気づいていないにもかかわらず存在する社会問題が見逃されてしまう.という懸念.(Merton 1963)

 

ラベリング理論: 犯罪や非行などの逸脱は,社会によって生み出されると主張(Becker 1978)した.逸脱があるから社会はそれにラベルを張るのではなく,社会がラベルを張るから逸脱になると考えた.

社会集団は,これを犯せば逸脱になるというような規則を設け,それを特定の人に適用し,彼らにアウトサイダーのレッテルを貼ることによって,逸脱を生み出すのである.という考えで,逸脱を定義する社会権力の方に着目することを促した.

 

ピグマリオン効果

プラシーボ効果

統計の都合のよい見方

 

構築主義: 社会問題が実在するから,それへの対処を求める言説や活動が生まれるのではなく,「何らかの状態を社会問題として定義し,それへの対処を求めるからこそ,その状態が社会問題として構築される」

「社会問題とは・・・・・・・・のような状態である」という考えを捨てて,社会問題を,それが存在すると主張し,それがあると定義する人びとによる活動として定義することを提案(Spector & Kitsuse 1977).

社会問題は,なんらかの想定された状態について苦情を述べ,クレイムを申し立てる個人やグループの活動であると定義される.ある状態を根絶し,改善し,あるいはそれ以外の形で改変する必要があると主張する活動の組織化が,社会問題の発生を条件づける.社会問題の中心課題は,クレイム申し立て活動とそれに反応する活動の発生や性質,持続について説明することである.

 

利点 1. 分析の対象が明確になる

「それが問題だ」とする人びとの状態について知り,改善を求める人びとの活動について研究すればよい.

    2. 研究上の課題も明確になる

クレイム申し立て活動が問題をどのように定義し,どのような特徴があり,なされた定義がいかにして他のグループへ引き継がれ,展開していくのか?

 

歯科矯正,健康の定義の変化,関心の高まり

 

 

レトリック(説得の研究):

 

 

 

 

社会問題のプロセスの6つの段階

 

@段階:クレイムの申し立て活動

>>> 何かが間違っているとか,解決されるべき問題が存在することを他者に納得させる努力や議論

 

クレイムの型式:

    (1)前提 問題となる状況を記述すること.事実に関する主張,ある状況が存在すること,それを支持する証拠.

典型例の提示

名づけ(ネーミング)

統計

 

  (2)論拠 なぜその問題があってはならないのか説明し,何をしなければならないのかを正当化すること

自由

正義

平等

弱者保護

人道

人権

医療ケアにかかるコスト

外傷による前歯部損傷の医療コスト

叢生と歯肉炎(歯周病)の医療コスト

いじめ,からかいによる不登校

こどもの社会生活,自尊心,参加制約 

口呼吸

 

 

子どもの幸福である権利

 

※ 同じ社会課題に対する異なる人びとや阻止にによる申し立て活動において,それぞれの価値や理念がどのような関係にあるのかを丁寧に分析する

 

 

  (3)結論 その社会問題に対処するためにどういう行動がなされるべきかを特定する言明(解決策の提示)

どんな変化

新しい政策

短期/長期のもの

 

 

クレイムのTPO

ふさわしい場所

ふさわしい時間

ふさわしいマナー

 

一人勝ち型の社会問題  圧倒的に受容されていく社会問題(児童虐待,麻薬,覚醒剤,子どもの歯科矯正)

論争型の社会問題     賛成/反対が明確に存在する社会問題(妊娠中絶,禁煙)

 

意見書

請願

 

 

A段階:メディア報道

 

情報

医療化

世論調査

 

第一次クレイム:クレイム申し立て者が最初に行ったクレイム

子どもの歯科矯正はなぜ保険適用でないのか?

 

第二次クレイム:マスメディアを経由して搭乗するクレイム

ドメイン拡張

アライナー矯正の詐欺商法

失われた27億円 前代未聞の歯科矯正トラブル

歯科矯正「実質無料」が“治療中断で健康被害” 150人余が提訴

歯科矯正が突然閉院

 

便乗

 

 

フェイク,誇張,詐欺

 

出典:1. 社会問題とは何か Joel Best: Social Ploblems, 3rd edition 赤川学 監訳 筑摩選書 2020
         2. 社会問題の社会学 赤川学 弘文堂 現代社会学ライブラリー9 初版第二刷 2022

  3. 社会問題の社会学 構築主義的アプローチの新展開 中河伸俊 世界思想社 1999.

  4. 統計という名のウソ: 数字の正体,デ-タのたくらみ
 5. あやしい統計フィールドガイド: ニュースのウソの見抜き方
     コメント: 1,2 は初心者にも大変読みやすい本.2で1をわかりやすく説明している.まず2を読んだ後で1をお勧めする.

 

 ☛ 誰が,データをつくったのか?

 ☛ なぜ,公表したのか?

 ☛ 欠けているデータは何か?

 

コロナ禍のマスクで歯科矯正患者が急増は,本当か?

  → マスクではなく,コロナ禍での旅行・娯楽などの費用が使われたとの解釈が妥当.

 

平成11(1999)年度 から 令和5年(2023)年度の患者調査

歯科診療所の推計患者数,初診−再来×性・歯科分類別;再来患者の平均診療間隔,年齢階級(5歳)×性・歯科分類別

歯科矯正:単位(千人)

 

実際のデータ:出典:患者調査 歯科矯正より抜粋

歯科矯正
単位/千人
調査年度
和暦 / 西暦
初診再来総数唇裂
及び
口蓋裂
全額
自費
自費

保険
全額
保険
H08 / 19969.70.9 6.51.3 1.9
H11 / 19991.313.314.90.812.41.21
H14 / 20020.511.715.50.69.30.32.7
H17 / 20051.323.017.60.720.80.13.4
H20 / 20080.726.119.60.8240.52.2
H23 / 20111.013.417.10.612.90.60.9
H26 / 20140.619.018.90.715.90.53.3
H29 / 20170.817.518.40.515.50.31.5
R03 / 20202.931.434.31.129.90.53.9
R05 / 2023 5.234.4 39.6- 33.80.6  5.2
数値には計算上整合しない部分があるが,出典のまま記載.
単位千人のため,統計上の誤差と思われる.
調査年度のリンク先: 「総務省統計局データベース」
  男女比,年齢区分など,詳細はリンク先を参照.
統計法によるICD疾病分類は本調査の歯科疾患には用いられていない.

 

平成11(1999)年度 から 令和5年(2023)年度の患者調査

歯科診療所の推計患者数,初診−再来×性・歯科分類別;再来患者の平均診療間隔,年齢階級(5歳)×性・歯科分類別

歯科矯正:単位(千人)

 

・ 2021年の報道では,破線□赤枠部が選択され,歯列矯正を開始する患者が急増している報道がなされた.

・ 初診患者数は 2017・2020・2023間に3.6倍→1.8倍へ増加している.

・ しかし,再来患者数はこの間,1.9倍→1.2倍と初診患者数の2/3の増加に過ぎない.

・ 初診相談に受診した推計患者のうち,約1/3の国民は実際の治療開始に至っていないことが推察される

・ 美容トラブル(国民生活センター相談件数:下表)は3倍に激増しているが,歯科矯正の増加は微増である.

・ 歯列矯正患者と美容医療サービスのトラブル増加を結び付けた報道は誇張であったこともわかる. 

年度 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023
相談件数 2,092 2,079 1,878 1,980 2,036 2,209 2,784 3,798 6,264

・ また,統計法で規定された疾患名を用いていない現在の患者調査は,医療行政基礎資料とするには改善すべき点もある.

 

  国民の声

 ☛ 消費者問題を よむ・しる・かんがえる 国民生活 8 NO.144(2024)p.17

    美容医療の基礎知識 第10回 歯科矯正の概要と注意点

 

 

   R5年患者調査_歯科矯正

 

【NHKニュース】

最近、矯正歯科治療を受ける受診者が急増しています。厚生労働省が3年ごとに行っている患者調査によると、矯正歯科の1日あたりの初診患者数は、2017年と比較して、2020年は3.6倍に増加しました。それに伴って、矯正歯科治療(歯科矯正)に関するトラブルも増えていると考えられています。全国の消費生活センターに寄せられた歯科矯正を含む美容医療サービスに関する相談件数は、2017年は1878件だったのが、2022年は3710件になっています。国民生活センターの「事故情報データバンク」にはさまざまな相談事例が掲載されていますが、代表的なトラブル事例は以下のような内容です.

 

イメージしていた歯並びと違う
かえってかみ合わせが悪くなった
健康な歯を抜かれた 削られた
治療が長い 終わらない
治療後 歯が後戻りした

 

交通事故が増えた → 危険な運転者が増えた

取り締まりが強化された

車が増えた

 

 

実際のNHKのニュースはこちらです.

 

患者調査について:患者調査規則

患者調査は,統計法に基づく基幹統計の1つで,患者調査規則に従い,厚生労働省で指定した10月のある1日について,全国の都道府県別に抽出した約1,300の歯科医院の受診患者を調査するものです.

医療施設を利用する患者の疾病構造等を地域別に明らかにし,今後の医療行政の基礎資料を得ることを目的として,3年に一度,500床以上の全ての医療施設及び全国から層化無作為抽出により選ばれた医療施設において実施されています.

法令上,国際疾病分類による傷病名での調査が本来の方法なのですが,ある意味では法令で規定された疾病分類の調査は行われておらず,「歯科矯正」という治療方法での分類が調査されています.

不正咬合の疫学的調査ができるはずですが,日本の歯科の公衆衛生上の実体は発達中であり,患者の実態さえつかめていないのが実情である. 

実際のデータでは,作成された統計表によって総数や総計の不一致もある.単位千人ということでもわかるように,相当大雑把な基幹統計です.抽出した1,300医院に,歯科矯正クリニックが何件あるか,指定した1日に土曜日があるとかで,結果は全く変わってきます.

 

下記の傷病名から,患者の治療内容を1つ選択するようになっています.

01 う蝕症 … エナメル質初期う蝕を含みます。

02 歯髄炎、歯髄壊疽エソ、歯髄壊死エシ

03 歯根膜炎

04 歯槽膿瘍、歯根嚢胞

05 歯肉炎

06 慢性歯周炎

07 歯肉膿瘍、その他の歯周疾患

08 智歯周囲炎

09 その他の歯及び歯の支持組織の障害 … 上記「01〜08」以外の歯の疾患をいいます。

   <例> 歯の発育及び萌出異常、不正咬合等

10 じょく瘡性潰瘍、口内炎等

11 その他の顎及び口腔の疾患 … 顎、唾液腺、口腔内、舌、口唇等の疾患をいいます。

  <例> 顎嚢胞、顎骨骨髄炎、唾液腺炎、舌炎等

  <除外> じょく瘡性潰瘍(傷病名「10」を○で囲みます。)

12 歯の補てつ(冠)

13 歯の欠損補てつ(ブリッジ、有床義歯、インプラント)

14 歯科矯正  ほんとはこちらの分類に沿ったほうが国際比較できます

15 外因による損傷 … 患者が何らかの外力により損傷を受けた場合

16 検査・健康診断(査)及びその他の保健医療サービス

   <例> 歯科検診、予防処置、診断書の交付 等

 

 

令和2年(2020)患者調査

う歯の患者数

 

 

顎裂口蓋裂

 

 

歯の補綴

 

 

― なぜ開業歯科医は集客に熱心なのか?

ある手先も器用で,相当な自信を持つ先生方に共通する意見:

(矯正歯科クリニックとして適切な診察ができる患者数):歯科医師1人あたり:50名〜100名(年間の新患数)と断言します.

条件:歯科医師の年齢は30-50才,優秀な訓練されたスタッフがそろっている場合.

歯科医の治療は,医師で言えば毎日手術しているようなものであり,車の修理でも,料理店でも,何においても品質を保ち,事故を防ぎ,医療安全を第一に考え,自分自身や社員の労働時間を守りながら,診療所を運営しようと思えば受け入れ可能な適切な患者数というものはだいたい決まってくる.効率がよいか悪いかは影響はする大きな差異はなく,おおむねこの数値が意見の一致するところである.

年間80-100名を超えてくると,診察時間を十分に取れず,これが原因となり 「治療期間(受診時の時間ではなく,治療が完了するまでの期間」 が長くなったり,治療の質は低下します.例えば,家を立てたり(建築),料理を提供(飲食)も同様で,必要な時間が足りなければ,工期や提供時間がかかり,事故や問題が発生するようになります.

 

『 運動競技では,最高の調子にある完全な状態は危険である.そのような状態は,同じところに留まることができない.あるいは,静止したままであることができない.また,よりよい状態への変化は不可能なので,より悪い状態への変化しかありえない.』

Hippocrates 箴言

 

私自身の経験から,私自身の技術もオリンピックレベルであると自負していた時期もあったが,残念ながら年齢とともにそうはいかないし,これをサポートするスタッフたちの育成もある.

こうならないようにする倫理観を持った医療専門職の価値判断,プロフェッショナリズムは大切にしたい.利益を優先する診療所では,苦情や医療事故(ハットヒヤリ)の発生,スタッフの苦労も増加する.治療結果に妥協が生まれ,医療従事者として良心とジレンマの戦いになるが,戦う必要はない.安全,安心,医療の質を第一に考えることが大切である.医療機関では繁忙治療は全く望ましくなく,避けるべきなのである.

 

 

 

 

B段階:国民の反応

 

諸外国との比較

法令上の位置

子ども歯科矯正への保険適用:圧倒的に受容されていく社会問題

 

GDPに占める家族関係社会支出の割合

  出典:OECD,世界銀行データより日本経済新聞社の作成

 

C段階:政策形成

対策,政策の実施

法令

 

外部のクレイム申し立て者(患者)

内部のクレイム申し立て者(歯科矯正医,医療従事者)

社会問題の所有権

歯科矯正相談料の保険適用(2024.6.1)により,社会問題の所有権者は,文部科学省と学校歯科医会 から 厚生労働省と矯正歯科学会へと転換した.

 

 

D段階:社会問題ワーク

養護教諭

学校歯科医

歯科矯正医

児童生徒と保護者

 

 

 

E段階:政策の影響

政策実施後の新たなクレイム

  その政策は不十分である

  その政策はやりすぎだ

  その政策は間違っていた